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久しぶりのフラッシュバックが(›´A`‹ )

Category解離性障害のこと






まるにゃん解離性障害という心因性の病気と診断されて久しいのですが、
最近はほとんど、苦痛なまでの症状は出ないですごすことができていました。

でも、たまーにですけど、
たとえば「朝起きてからお昼ごろまで声が出ない」とか、「前夜の記憶がすっぽりない」とか、

まぁ色々とおかしなことがあります。

けどそれが「苦痛でたまらない」というほどではないのなら、問題ないのだと考えています。



ただ先日、久しぶりの「フラッシュバック」がきて、本屋でぶっ倒れる事態になりました。

貧血や低血圧でぶっ倒れるアレとは全然別で、いきなり「忘れていた記憶がフラッシュバック」してきて、頭が割れそうに、心が引き裂かれそうになってきて、

最終的に心が限界になって、意識が現状からブラックアウトする、っていう
そういう状態です。



一般的なフラッシュバックというのは、記憶にあるトラウマが呼び起こされる状態ですけども、
解離性障害のまるにゃんの場合のフラッシュバックは、「完全に記憶から切り離されていた出来事が、あたかも今目の前で起こっているかのような臨場感で襲いかかる」ので、

つまりカウンセリング中に起こる「追体験」のようなものであり、精神的ダメージはとてもきついのです。




何年もなかったのに、なぜかわからないですけど、すごく恐ろしくて悲しいことを、「思い出して」しまいました。

「癌」という文字を、見すぎたのかもしれません。
本屋で、そういう表記が多いタイプの棚を眺めていた時だったので。

ま、じっさいは何が「きっかけ」になったか、さっぱりわかりませんけども。







明らかに疾患として「解離性障害」という診断がおりるか、それとも「病的ではない範疇の解離症状」なのか、
これを分けるのは、
「その解離症状による苦痛があるかないか」らしいのですね。


もう少し説明しますと、
おしなべて「精神疾患」というものの概念として、「当人にとってその症状が苦痛であり、またそのことにより、日常生活及び社会生活において著しく支障がある」場合にのみ、「疾患」として扱うのだと、
ある精神科医がむかし話してくれました。


わかりやすい例としてよく照会されているのが一部の「パーソナリティ障害」と「単なる偏った性格」との見極め方ですけども、
これも同様に、「その偏った性格」によりひどい苦痛や支障(周囲にも)があるかないかで、 病的なものか性格の範疇なのかを判断するのらしいです。


たとえば「うそつき」か「虚言症」か、これもやはり、その症状(うそ)が当人や周囲の社会生活上に支障をきたすほどのものであれば、その「ウソ」は「単なるうそつき」を超えて、「病的虚言」であり、もしかして治療を必要とする状態なんだろうと思います。




まぁ精神疾患については、どんな場合もあまりキッパリと断言して言うことはできないのですけどね。

なぜなら日本の精神医療界で診断基準として用いられるテキストがそもそも2種類あるんですからね。
(最新は ICD-11 と DSM-Ⅴ)




ICDの方は国際疾病分類と訳せるのですが、文字通りWHOが認めている全疾病を分類したテキストで、
DSM というのは、精神医療の最先進国アメリカの精神医学会が独自に発行している「精神疾患のみの分類」をしたテキストとなります。








精神医療においてかなりな後進組である日本では、国際基準であるICDでしか診断しない(アタマのかたい)精神科医が幅を聞かせているということですが、

カウンセリングなどのいわゆる「心理療法」の世界では、心理療法の先進国アメリカ発のDSMの方を標準テキストとしているようなんですよね。




で、それってどういうカラクリになるかというと、
精神科医が主導の精神医療の現場では、「心理療法」は基本的に「治療」としては相手にされない、という事なんですよね。

診断や治療の基準とするテキストが違うんですから、そりゃ両者が相容れないのは当然といえば当然なんですけど(´・ω・`)



まるにゃん2つ目の大学で心理学をやりましたので、こういった、精神医療界のバックグラウンド的な状況にも多少知識があったりしますが、
自分が「患者」になった事がやはりきっかけで、自分なりに勉強をしました。

自分をわかりたかったからです。









ということで、日本の精神医療界においては「医師(投薬治療)」と「心理士(心理療法)」との間に横たわる深い溝が厳然とあり、
そのせいで、「心因性(心理療法でしか治療できない)」の精神疾患の患者は、医療から置いてきぼりの状況がありました。




保険制度のこともあります。
今はどうかわからないですが、当時ではカウンセリングは「診療」とみなされず、診療報酬がつきませんでしたので、
大きな精神病院で珍しく心理士を雇っているような場合でも、
それは患者に心理テストを施行するためだけ(これだけは診療報酬がついた)のような状態でした。



ある精神科医がまるにゃんに言い切りました。

「われわれ精神科医は、うつ病や統合失調症を治すのが使命であり、解離性障害に対してはそれら(うつ病や統合失調症)すべての後まわしでしか扱えないし、扱ったとしてもできることは対症療法でしかなく、疾患そのものを治療するものではない」



つまり、投薬治療で改善される器質的な要因の精神疾患だけが精神科医の治療対象であり、
投薬治療が根本治療にならない心因性の精神疾患の患者は「精神科から出される薬を飲むだけなら年月の無駄」であり、「薬で症状を抑えているだけの単なる『ひきのばし』にすぎない」

そのように言われました。






うつ病や統合失調症を治すのが使命、というのは、「今日本でいちばん多くて増え続けていて困っている精神疾患がうつ病や統合失調症だから」という理由で医師は言ったのであり、

そしてもうひとつの理由として、うつ病と統合失調症は「薬で治せる」精神疾患の典型的なものだから、ということです。







精神疾患では、薬が直接的に効果を生むものと、そうでないものとに大別されますけども、

「薬で疾患が治る」のは、つまり脳じたいの機能や細胞レベルに問題がある疾患であり、薬をダイレクトに脳へ作用させる治療が主体になります。
(内因性、外因性)

「薬では治らない疾患」は、「心因性」のもの=「心理療法でしか治療できないもの」ということなんですけども。


まぁ平たく言うと、「心のやまい」なのか「脳の器質的病変」なのか、という分け方ですね。





精神科医は医師で科学者なので、科学者らしく「投薬治療」が「われわれの使命」だと、
そういうことを言ったのでしょうね。

「心」なんていう、「検査」できないものを相手にはできないと。

心をレントゲンはできないし、血液検査をしても「心」のデータはでてこない。

そんな「実態をつかめないもの」は、科学者たる医師が扱うものではない、

ま、そういうことですね。










そんな状況てすから、当時日本で心因性精神疾患を治療するためには、個人経営の心理士の元に(実費で)通うしか道はなかったのです。
(今は知りません)


だからといって、企業や学校などが斡旋するいわゆる「スクールカウンセラー、産業カウンセラー」のような場合は、アセスメント(査定)が主体ということもあり、
つまりまるにゃんのような重度のものは対象にしていないのですよね。


たとえば解離性障害では、定期的なカウンセリングにより、「追体験」をさせるようなことも必要になりますけども、
その治療および精神的フォローをするために必要な訓練を受けている心理士でなければ、それは荷が重く、じっさい不可能だからです。






というか、カウンセラーによる治療に限界がある理由として、
カウンセラーには「診断する権利がない」し、もちろん「投薬をする権利もない」ので、
たとえば、心理療法しか根治の方法がないであろうPTSDが疑わしい対象がいたとして、
そのPTSDから来ると思われる症状(二次的症状)の「うつ」や「不安」「不眠」などに対して、精神科医ならばすぐに抗うつ薬や抗不安薬や睡眠薬を処方して対症療法が可能ですが、
カウンセラーはそれができないので、「PTSDが疑われる」として精神科へ「紹介」するしかないのてすね。
(アセスメント)



とにかく「心因性」を治療する方法としては、心因性精神疾患を対象とする心理療法のできるカウンセラー(臨床心理士)による治療しかなかったのですが、
その場合でも、精神科医による対症療法(投薬治療)はかならず必要なことなのです。

うつ状態や不眠を、根本治療にはならないからと放置すれば、深きにひそむ病状は、さらにこじれて悪化していくだけですからね。











カウンセラーにはそういう意味ですごくジレンマがあると、後に運命的にまるにゃんをまるまる1年間支えてくれることになった臨床心理士の卵の大学院生が、愚痴をつぶやいたことがありました。


その、臨床心理士試験を10月に控えた大学院生とまるにゃんとの出会いは、まさに運命的なものと、今でもそう思います。

まるにゃん2003年5月に透析導入となり、外来で夜間透析をしながら働いておりました。
が、翌年4月、失声症と拒食症で透析病院に入院となり、精神科も受診となりました。

そのちょうど4月からのタイミングで、入院先の病院では、理事長の出身大学(大学院)から「臨床心理士の卵」である院生を、彼らの「臨床経験を積むため」ということで受け入れていました。

病院は、おもに腎臓病と糖尿病を中心に診る内科でした。
つまり透析患者や透析になる前の患者を中心に扱っていました。

で、臨床心理士の卵の院生たちがそんな病院でどんな臨床経験を積むのかというと、

つまり、透析患者をカウンセリングするわけですね。

入院している透析患者のベッドを訪れ、または外来透析中のベッドを訪れ、
患者の悩みやストレスを少しでも取り除くべく、カウンセリングの基本である「受容と傾聴」の姿勢を軸にして「話を聴く」というとりくみなわけでした。







今は変わったかもしれませんが、当時、臨床心理士試験を受けるためには、「2年以上の臨床経験」は必須となっていたと思います。
(今は指定大学院を卒院すれば臨床経験は不必要のよう)

「受験」するために、すでにその経験が必要なのに、かならず合格するわけでもない(6割以下)のですからね、
しかも権威あるとはいえ、国家資格ではなかったのに、かなりハードルが高い資格だったと思います。

去年やっと、「公認心理士」という呼称で、心理士の国家資格ができましたよね。
これでやっと、「精神科医」と「心理士」が手を取り合って精神疾患を治療していくことの未来図が、ぼんやりとですが見えてきた気がします。

結局は、心理療法に対して診療報酬がつくかつかないかですけども、
心理士が国家資格になったということは、そのあたりが改善されるのでは、と期待されます。
そうなれば、精神科では「精神科医と心理士」の両方が相互フォローしながら診察治療するという状況が一般的になるのかもしれませんし。










透析導入の翌年、2004年の春、精神科医による「聴き取り」で「器質的問題がないのに、ただの物忘れでは説明がつかないほどの健忘」が発見されたのと、「器質的問題がないのに声が出ない」こととを併せて、「解離性健忘および転換性障害(失声)が発現している解離性障害」であると、
そのように診断がおりました。


ある日突然声がでなくなり、その上2週間に及ぶ絶食状態があったため、
生命を維持することが優先だという透析主治医の判断で、即座に入院となりました。
入院時の体重は、35Kgを切っていました。
(まるにゃん身長が165ですが、この体重では「生命に関わる」と医師が判断しました)

このあたり、正確な記憶がないのです。
透析をどんな形で受けていたかなど、ちょっと思い出せないのです。





ただ、入院して数日が経過したある日、とても初々しい青年がまるにゃんのベッドを訪れ、

「まるにゃんさん、僕とすこしお話しませんか」

と、すごくひっそりとした声で語りかけてくれた時のことは、なにもかもすべてを覚えています。


半時ほどたわいもない話をしましたが、青年は帰り際にこんなことを提案してきました。

「次回、同じ時間に、同じ階にあるカウンセリング室でお話しませんか」




つまり青年は、ほかの透析患者のようなベッドサイドでのカウンセリングもどきではなく、
「ちゃんとしたカウンセリング」をしましょうと、そう提案してきたのです。




「約束された時間」
「約束された空間」
「約束された相手」

カウンセリングの基本である「ラ・ポール(信頼関係)」形成のために必要な条件を、心理士の卵らしくまず提示してきました。


毎週木曜日(非透析日)、午後3時に。
時間はきっちり1時間。
それ以降退院後も1年間ずっと、毎週1時間のまるにゃんとその青年との関わりは続きました。


途中、彼はみごと臨床心理士試験を受けて合格し、卵からヒヨコになりましたけども、
まるにゃんにとっては、誰よりも頼りになる、誰よりも心を開ける、
そんなかけがえのない存在になっていました。



でもその1年間は、ある意味で本当につらかった。
つまり、心の防衛機制によって失われた記憶を、わざわざたどるカウンセリングはとてもつらかった。


その1年間のことは、またの機会に書きたいと思います( ∩ˇωˇ∩)












で、フラッシュバックですけども、
とてもここに書けるような内容ではないし、そんな気力もひねりだせないのです。

もう何年もカウンセリングなどしていないというのに、
何かがトラウマに触れれば、
そして何らかの複雑な心理的要因が手助けをすれば、

今回のような「追体験としてのフラッシュバック」が起こりうるんですね。






ではまた。

∠(・`з´・)



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